男鹿半島ー五社堂

秋田寄り処

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なまはげ達は九百九十九段まで石段を築いた。

あと、一段で千段。

「これで嫁がもらえる」

そう思った矢先に一番鶏が泣いた。

約束の千段に届かなかった。

なまはげ達は泣いて悔しがり、

脇にあった杉を引き抜いて逆さに地面に刺した。

そうして山に帰っていった。

一番鶏の鳴き声は娘を嫁に取られたくない村人の一人がとっさに嘘の鳴き声を真似たという。

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秋田県男鹿半島の標高200mに満たない小高い山の上に赤神神社はある。

なまはげ達が築いたといわれる石段は思っていたほど急ではない。

途中、道端の野草に気持ちが和む程度の余裕すら感じる。

とは言え、一晩で築いたのもあながち嘘とは思えないほど岩は雑然と置かれている油断は禁物だ。

道中左手にある井戸に到着。中を覗いて自分の姿がはっきり見えないと寿命は3年以内との伝説が残る、いわゆる姿見の井戸である。各地に同様の話があるとは言え、恐る恐る覗いてしまうのも人情。大抵の人はそこで一息入れるようだ。

もう境内はすぐそこだ。

坂の上にすっかりさびれた五つの社が見えてくる。

現在の社は宝永6年(1709年)に造営、平成10年度から13年度に大規模修繕したものである。

古くは13世紀、14世紀に建造されたとの歴史的記述もあるようだが、さもありなんと感じるほど古く小さい印象を受ける。

ひとつずつお賽銭を投げながら巡っていく。

両親と子供達総勢5人家族のなまはげを祭っているとの話も聞くものの、嫁をもらうために石段を築いたという伝説とは矛盾する。真相はいかに。

五社堂から一段下がった所に社務所があり、そこになまはげが刺した「逆さ杉」が安置されている。まどから見えるあの杉がそうなのであろうか。

赤神神社は青森県津軽地方を本拠地とした安東氏も崇拝していたとの歴史的背景を見れば、海の神様に航海の無事を祈るために建てられた神社なのかもしれない。今は雑木に囲まれてしまっているものの、社から振り返ればそこには出羽の大海原が広がっている。所々に土塁が築かれていることを考えれば、海を監視するための山城もどこかにあったのか。ふと、中世に思いを馳せたくなる。

来た道を戻る。

徐福と名のついた塚についての説明有り。

時代は更に遡り、秦の始皇帝が不良長寿の妙薬を手に入れるために徐福を派遣した。徐福が連れてきた部下が後になまはげになったとの伝説も残っていて、歴史好きにはたまらない場所だ。

五社堂は国の重要文化財に指定されている。円空作十一面観音も祀られていて、年に一回一般公開もされている。見てみたいものである。

住所は船川港本山門前字祓川35

船川港は漁師町で民宿もあり、旨い魚にもありつける。

行ってみて損はない。

次回、おが潮風街道を進む。

男鹿半島ーカンカネ洞

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